曇天焉んぞ 第五章 真相
「泣くなよ、アグネス」
デイヴはアグネスの家でアグネスの隣に座りながら、彼女を精一杯慰めようとしていたーー最も、失敗しそうではあるが。
「ご、ごめんね、デイヴ…で、でも…」
あまりにも泣いたため、しゃくりあげながら、アグネスはデイヴに誤った。デイヴはいつも彼女のことも見守ってくれる。優しいやつなのだ。--ただ頭が弱いだけで。
「ソラの事は仕方ないよ。生れた時から一緒にいるけど、あいつの頑固さだけはずっと、ずっと変わんないもん」
幼子がやるようにデイヴは唇を突き出して、不満の表情を作った。なんで、他のところは変われるし、偽れるのに、頑固さだけはケンザイなんだろう。そうため息をついたデイヴは、アグネスが驚きのあまり泣き止んで、こちらを見上げているのに気が付いた。
「…生れた時から?」
ああ、そうだった、とデイヴは己の失言を悟った。只でさえ本人が兄がいることを言っているのだから、これで彼の個人情報は漏れたんじゃないだろうか(当社比)。これ、本人にばれたら殺されても文句は言えないな。
「そうだよ~。ソラとは同郷なんだよ、俺。だからさ、あいつのいいところも悪い所も全部知ってるんだ~」
にっかり笑いながらデイヴはアグネスの事みて、誰もがどっからその言葉引き出してきた、と思うよなことを口にした。
「たぶん、アグネスが思う程、ソラはアグネスの事、嫌いじゃないと思うよ?--ていうか、寧ろ好意持っているんじゃん?」
そりゃないだろ、と思わず思ったアグネスは先ほどの事を思い出した。
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「いや、お前、上司をそこまで扱き下ろすことーー」
「--上司って、部署違うだろーが。お前は本部付きだが、俺は違う」
大学卒業生は普通本部に置かれるのが普通だが、空軍だけは例外で、寧ろ大学卒でないと配置されない。精密機器を自在に、素早く操作しなければならず、専門的な知識がある程度要求されるからだ。そのため、外の学科卒業生とでは、同じ軍でも所属部署が違う。
「まあ、ともかくだ。おれがお嬢さんたち連れてきたのはさ、色々アグネスちゃんから聞いたんだけど」
ケマルはソラの正面に座り込んで、彼の黒い双眸を赤の隻眼で見つめた。--嘘も言い訳も許さない、そういう覚悟が彼の瞳に現れていた。普段へらへらしてはいるが、やる時はやるのだ。
「お前、アグネスちゃんとーー」
「ちょっと待ってください!中佐!」
アグネスが慌ててーー少し顔を赤くしながらーーケマルにストップをかけた。普段は所謂団子に結っている茶髪が、自由に揺れているのが珍しい、とリンは自分の短い黒髪と比較して思った。アグネスはリンと比べて、彫も深いし、可もあり不可もなし、さらにはそれなりに胸があるーーリンにとってはここが一番重要だーーとても女子らしい可愛い子だ。
「ちゃ、ちゃんと私から話させてください!」
思わずケマルは口を開けてしまった。リンから見れば可愛い子だが、エリート軍人であるケマルから見れば、アグネスはまだまだひよっこで、自分の意見もろくに言えない座学だけができる女子だ。なんだ、意外と芯があるじゃないか。
「あれ、そうなの?」
なんだ、おにーさん、興が削がれちゃったよ…とぼやきながら、彼はアグネスに席を譲った。
さて、彼女はどれだけ面白いことをやってくれるのか。
「で、お前らは何したいんだ?」
安物のコーヒーを飲みほしたソラは少しばかり顔をしかめながら、短い黒髪を後ろへ掻き揚げた。今日は任務中ではないから、何も整髪剤の類をつけていないから、簡単に髪は元に戻った。此の髪質は”両親”とやらを恨む。
「あの、ソラさん…」
ソラ”さん”、ね…。ケマルは内心彼女に不合格を出した。親友のリンのソラ”くん”もさることながら、彼女たちにソラが上官であるという認識はあるのだろうか。――きっとないんだろうな。
「好きです。あ、あの宜しければ…」
付き合ってください。
そんな声は音になる前に、ソラが椅子を引く音にかき消された。
「デイヴ、これで金払え」
クレジットカードを机の上に置いて、ソラは速足でレストランから去ってしまった。そこには何の感情もないように思えた。
残されたのは、さすがに頭を痛めるケマル、そして呆然とするリンとデイヴ、そして涙が勝手に零れ落ちているアグネスだけだった。