君と私が出会ったとき 1:邂逅
夕夏は椅子に座って荒い息を整えながら、口を開いた。
「なんで、こんなことになっちゃったの…?」
今日はこんなに動く予定も、初対面の人にスタ〇の新作フラペチーノをごちそうになる予定もなかったのに。
たしかに、このスタ〇のネクタリンピーチクリームなんとやらはおいしい。発表された時から飲みたかったものだ。
どうやったらSNSに投稿するように、おいしそうに撮れるかをふらりと考えながら、お財布の中身と相談した結果、何度もスタ〇の前を通り過ぎていたこともある。
――だが、だからと言って、問題を忘れ去るわけにはいかないのだ。
普通なら、これをのんびりスタ〇の店内で飲めることに満足感を覚えるだろう。
あるいは、ハッシュタグをつけて、SNSに投稿したりするのだろう。
そうやって、そのSNSの投稿を見た友人と次に会ったときに、話のネタとして盛り上がるのだろう。
だが、夕夏はそういったことをする代わりに、夕夏は机を挟んで反対側に座る青年たちに、恨めし気な視線をやった。
机の反対側には、二人の顔立ちが整った青年たちが並んで座っていた。
そのうちの一人は、珍しいことに髪が白い。
顔立ちは美しい青年期のものなのに、なぜか白髪を持つ彼は、生き行く人々の目を集めていた。
もっとも、その人々は、彼の周囲を取り囲む警官を含め、見事に停止していたが。
しかし、当の本人は全く、自分たち4人を除いた誰もがみじんも動かないことを気にした風がない。
ただただ、悠然とコーヒーを飲んでいるのだ。その様は優雅としか形容しようがない。
「なんで、か。面白いことを聞くものだな。人間よ」
彼は口を開くとカップをソーサーに置いた。
「自明のことではあるが…そうだな。君の答えに答える為にはこうしよう。
過去を遡って、改めて理由を確認して来給え」
「えっ…⁉」
夕夏の驚きの声を上げるとともに、彼女の視界は急に暗くなった。
最後に見えたのは、暗闇の中に光る、金色の双眸だった。
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――10月28日金曜日。
ごくごく平凡な高校1年生の夕夏は、たまたま学校が休校だったので、友人の香奈と共に上野の博物館へと足を運んでいた。
上野で世界の装飾品展をやるのだというから、これは行くしかない。
そう思ったのだ。
それなのに。
『助けてよ、友達でしょ?』
『ああ、初めまして。君が今世紀の特異点か』
『時は私の物だ』
『事情聴取をしたい』
声が響く、響く。
そして、映像も。
ああもうやめて。
香奈、爆発、指輪、狼、警察、”悪魔”、そして――
「きゃああああああああああああああ‼‼‼‼!」
目まぐるしくめぐる絶望しかないセカイに、夕夏は絶叫した。
♢
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♢
「さて、思い出したか?」
真っ青な顔の夕夏に白髪の青年は冷たく語りかけた。
相変わらず、彼の瞳は金色に輝いている。無機質な金色だ。
「君は哀れな被害者だ」
彼は口だけ笑いながら、夕夏に事実を投げかけた。
「上野に行き、本来ならば触れることのないはずの神に触れ、失われた指輪を手に入れた。
そして、友を失った――最も一時的なのか、永遠になのかは私も知らないがな」
そこで彼はコーヒーをまた一口のみ、一息ついて語り始めた。
「まあ、残念ながら、その指輪は今回の博物館のメインの展示品だったからな。
こうして警官に追われているわけだ。
――もう疑問はないだろう?」
夕夏は黙る以外の何もすることが出来なかった。
確かにそうなのだ。この人外、案外的確な事を言う。
しかし、夕夏は思う。
普通の人間には持てない力を持つ彼ならば、この状況を打開できるのではないだろうか。
もしそうならば、私は――
「――すれば…」
青年は傍らにいる青年にもわかるかわからないかぎりぎりの範囲で目を輝かせた。
漸く、聞きたい言葉が聞こえた。
「なんだ?」
だからわざと聞き返すんだ。
もう一度言い給え。君の本心を世界に知らしめよ。
そんな青年の心を知らず、夕夏は繰り返した。
もう心は決めたんだ。引き返さない。そう決めた。
「どうすれば、いいの?教えてよ。香奈と私の平安を取り戻す方法を」
いつかどこかで誰かが言ったんだ。
――なんだってしよう。たとえ魂をささげることになったとしても。
目的のためなら、私はなんだってしよう。だから私に力を――。
「その言葉しかと聞いたぞ、人間よ」
さあ、君と私は共犯だ。
悪魔がほほ笑んだ